古 典

 
 


歌 詞

恩納松下に
禁止の牌の立ちゆす
恋忍ぶまでの
禁止やないさめ


歌仮名

うんなまつぃしたに
ちじぬふぇぬたちゅすぃ
くいしぬぶまでぃぬ
ちじやねさみ

解 説

村外に出てはいけないという定めの札が立とうとも
恋する気もちや
愛しい方に会いたいという想いを
止めることは決してできない

琉球三大歌人 恩納ナビィの歌
当時の琉球は豊臣秀吉の政策と同じく
村人の移動を禁止していた(別地域への転居)
これは税と労働力を一定に確保するための政策であった
当然、恋愛も結婚も同村内の男女
この政策が施行されたときに自由奔放な乙女ナビィが詠んだ琉歌がこれである
彼女にはおそらく毛遊び(もーあしび)で知り合った別村の恋人がいたのであろう
村から出ることを禁止する理不尽な時の権力者
それに対する民衆の本音、ナビィの想いが込められている
恩納ナビィは今はリゾートホテルが立ち並ぶ恩納村が生誕の地
恩納村役場、万座毛などに彼女の記念碑が建ている。


琉球古典音楽の歌三線(うたさんしん)は、

沖縄県指定無形文化財
伝統音楽野村流保存会
元会長
玉城 政文 先生にお願いしました。

 

三線ノススメ

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